「質問に答える」カテゴリーアーカイブ

「アレクサンダー・テクニークは感情のコントロールに役に立つのでしょうか?」

「アレクサンダー・テクニークは感情のコントロールに役に立つのでしょうか?」

ときどき、そう聞かれることがあります。

それについて、答えてみたいと思います。

というか、レッスンではいつも言っていることですが正解はひとつではないので、その問いのまわりを探ってみたいと思います。

(レッスンではこんなに長くしゃべることはせず、目の前の人と対話しながら、この人の場合はどうかな、と、その人と一緒に見ていくのですが、不特定多数の人が読んでくれているかも、と思いながら書いていくと長い文章になってしまいますね)。

 

まず、ひとが、日々のいろんな刺激のなかに生きていて、そのときどきに生まれてきた感情は、たとえば怒りなどにしても、必ずしも抑えるのがよいとは限らないと私は思うのです。

感情を表現したほうが健康によいことも少なくないし、人とコミュニケーションをとるにあたっても、感情を表現することによって、結果的に人間らしいコミュニケーションが深まることもあります。

でもそうは言っても、
「いつも、それほど大したことないことで怒ってしまって後で自分でも後悔してしまう」
というようなこともありますね。

怒らなくていいようなときに怒らずにはいられない、というときは、こういう場合もあります。

日常のいろいろな刺激やストレスに対処していっているときに、息を吐くことを止めてしまっている。
息を吐ききらずに次の息を吸って、忙しい仕事をなんとかこなしている。
そういう状況を繰り返すことで、だんだん、喉の周りの筋肉が固くなり喉周りがつまってきて、ときどき、思いきり息を吐いたり、感情を爆発させたりせずにはいられなくなる。

身体的なレベルで、そういうことが起こっている場合があるのです。

そういうときに、思いきり息を吐くこと、大声を出すこと、
そういうことをしたい、と思えるのは、健康なことだ言えます。
体の望みが脳に伝わって、脳がそれを認識できているのですから。
体と心が切り離されていないのは、健康です。

そこで、大声を出すのは、基本的には、いいことだと言える。

ただそうは言っても、いつでもどこでも大声を出すわけにはいかないかもしれない。
自分が置かれた状況のなかの立場もあるでしょうし。

そういうときに、観てみると役に立つことのひとつを紹介します。

自分が息を吐き切る前に次の息を吸っていないか?ということです。

まず、今体のなかにある息をゆっくり吐いて、どこまで吐けるだろう?と、やってみてください。
吐く前に吸わないように。今ある息を吐いていく、というのがポイントです。

どこまで吐けるだろう?と言っても、苦しくなるまで吐く必要はないです。

でも意外に、らくに吐ける息が、まだ体のなかに残っていることがあります。
息を吐いていくときに、腹筋など体の前側のみを意識するのではなく、骨盤まわりや背中やお尻の筋肉も、呼吸に協力してくれているのだなあ、ということを思い出すと、息を吐いていきやすいです。

私のレッスンのなかでは、
・座る動きと一緒に息を吐いてみる
・手を上にあげる動きと一緒に息を吐いてみる
ということを、よくやります。

動きと一緒に息を吐くことで、
体のなかでも呼吸が動いていて、体の中の筋肉がそれと一緒に動いていること、
動いてくれている筋肉は、上半身の上のほうだけではないこと。
体のなかを通って口から外に出ていくまでの呼吸の通り道があることなどが、実感しやすくなります。

そしてさらに、首回りがもっと楽になれることも、実感しやすくなります。


これはひとつの一例です。ほかの人にとっては、もっと別のやり方が合っているかもしれません。

人によって、忙しいときにどういうふうに対処しているか、ストレスがあるときにどんなふうな体の使い方をしているかは違います。

自分の場合はどうなんだろう? もっと見てみたいと興味をもたれた方は、よろしかったらレッスンにいらしてください。いっしょに探究してみましょう。

 

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で週3日づつ個人レッスンを行っています。
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「レッスンで学んだことや気づいたことを、再現しようとしないほうがいい」。

箱根駒ケ岳より芦ノ湖を望む 2018年1月

アレクサンダー・テクニークのレッスンは、レッスンを受けている時間はとても楽になるけれど、自分で続けることは難しい、とおっしゃる方がいらっしゃいます。
長年の癖が無意識レベルにしみ込んでいて抜けないからと。

たしかに、長年つきあってきた癖を、「もう要らないな」と気づいたからと言って、すぐにそれを変えられる人は少ないと思います。それが繊細なレベルの体の癖の場合は特に。

長年の癖は、長年それをやってきたことで、自分を支えてきたものとも言えると思うんです。
今はそれが必要なくなっているかもしれないけれど、
長年やってきたことだから、すぐには手放せないのもあたりまえだと思います。

まず「気づく」ということ、
そこがポイントだし、それだけでも、まずは十分だと思います。

気づきさえすれば、実はもう変化しはじめているのです。

気づいた時点で、「いつもと同じようにまた力が入っている」
と、自分では思うかもしれないけれど、
力の入れる度合いは、気づかないうちに、すでに減ってきているはずです。

アレクサンダー・テクニークの実践は、
ほかの学習と少し違うところがあります。
それはなにかというと、

・レッスンで学んだことや気づいたことを、再現しようとしないほうがいい。
・「やらなくちゃ」と思いすぎないほうがいい。

という点があるところです。

よいことであっても、再現しようとしたり、「やらなくちゃ」と思いすぎると、
かえって体を固めてしまうことになってしまうからです。

わかりやすい例で言うと(よくある例なのですが)、
猫背を直そうとがんばるあまり、つねに体を反らせすぎているような癖がついてしまう…。
体の緊張感は抜けないままでいる…。
それで肩こりや首こりなどが起こっている…というような方がよくいらっしゃいます。

今までと逆方向に頑張っているだけで、今までと同じような「がんばり癖」を再現してしまっているのです。

そうなるよりは、「気づくだけ」にとどめておいたほうが、実はずっと有効なのです。

いままでと何も変わっていないような気がするかもしれないけれど、
水面下では少しづつ変化が起こっています。
そのくらいのほうが、内側から変化が起こりはじめているのを、
止めないためにはよいのです。

そうするとむしろ、前回「よい」と思ったこと以上のことが、今回は現れてきたりします。
そう、もっとよりよくなっていく可能性は、続いている。

「しっかり学ばなければ」と力むことをやめたほうが、むしろ、その可能性に開いていける場合もあるのです。

アレクサンダー・テクニークのレッスン、できれば続けて受けられるのがよいですよ、とお勧めすることが多いのですが、
その理由は、
そのほうが楽に、そして深く学べるからということ、
はじめから自分で頑張りすぎなくてすむように、
余分な苦労やまわり道をしなくていいように、ということがあります。

人は、(緊張しやすいタイプの人は特に)、ついやりすぎてしまうものです。

・やりすぎるのではなく、自分全体を統合する。
・それでいろいろなものごとに対処できることを知る。
・そして自分自身の体と心が今何をしているかということを見るときの解像度を上げていく。

レッスンはそういうことのサポートになります。

レッスンを続ける場合、レッスン時間の半分以上は、前回と同じことを繰り返すことが多いのです。でも、
同じことをやっても、生徒さんの受け取り方が変わってきて、
同じことだとは感じられない、ということが多いのです。
体の感受性がだんだん敏感になってきて、変化しやすくなってくるので。

自分が意識的にも、無意識的にもやっていることに気づいたら、
「いい」「悪い」とすぐに決めつけず、
シンプルに、興味をもってみること。
「おもしろいな」「不思議だな」と。
体の声に、より繊細に耳を傾けるようなつもりになってみてください。
そういうふうな、体や自分自身との接し方を続けていくうちに、知らないうちに変化が起こってきているのに、後になって気付くと思います。

ときどき、「こんなふうに、しなくていいはずのことをやり続けている私はバカなのか?私の体はバカなのか?」なんて、自分に対して言いたくなる人もいらっしゃるようなのですが、いやいや、バカなんかではありません。

長年そういうふうにして働いてきてくれた体を労ってあげてください。そろそろ、変化していく準備ができつつあるころだと思います。

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アレクサンダー・テクニークのハンズオン(触れることを使ったワーク)

アレクサンダー・テクニークのワークは、どれだけ少ない力で動けるか、とか、どれだけ少ない力で何かの姿勢をとれるか、ということのための運動指導、という一面もあります。

アレクサンダー・テクニークで生徒さんに触れるとき、それは生徒さんにとって、たとえば筋肉でがんばることや、ふんばることなどが「もっと少なくても動けるよ」「もっと少なくても安定して立っていられるよ」、などということを指し示す指標になるのです。

それを体感できると、リラックスできるし、力を発揮できるようになります。

アレクサンダー・テクニークで手を使ったワークを取り入れると、施術?と思われたりすることがあります。たしかに施術を受けたようなリラックス効果があったりするけれど、私たちは施術とは言わないのです。それはなぜかというと、手を使っているのにかかわらず、手で直接こちらから働きかけることをほとんどやっていないからです。

マッサージするわけでもないし、気を送っているわけでもない。

(ときどき、はじめてレッスンを受けた人から「気を送っているんですか? ぽかぽかしてきました」とか言われたりするけれど、そういうことは、意図的にはしていないんです。

ただ、気っていうのは意図しなくても、邪魔しているものがなくなれば、循環するものだということは言えるのかもしれません ー だから結果として、あたたまったり、循環がよくなったり、そういう現象が起こること自体は、不思議なことではないのでしょうね。)。

アレクサンダー・テクニークのワークをするときの手は、ついていく(フォローする)手であり、”聴く”手であり、あるいは方向性を提案することがたまにあるくらい、なのです。

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あがり症の方に

音楽家などの方から、コンサート、あるいはオーディションなどの本番であがってしまって普段どおりに演奏できない、と、相談されることがよくあります。「ふだんは、そんなこと起こらないのに、手がふるえたり、動かなくなったりする」と。
「そんなときどうしたらいいか」ということですが、本番の「そのとき」に対処できるアイデアも、ありますが、それと同時に「ふだん」のことを見直すこともやっぱり大事なんですね。

「ふだんは問題なく弾ける」と、たいがい、言われるし、それは本当だと思うのだけれど、ふだんも実は、問題ない程度に起きているなにかがある。ふだんなら問題がない何らかのその人の傾向が、本番になってアドレナリンが出てきたときに、強調されて現われてくる。そしてそれが、自分のパフォーマンスを邪魔することになってしまったりします。

それを変えたいとか、見直したいと思うのなら、やはり、「ふだん」のことを見てみることからはじめるのが、早道なのではと思います。

たとえば演奏家は、指の動きについてはすごく意識が高いのだけど、胴体とか、足とか、首とかのことは意識したことがなかったりする人が多いようです。また、楽器を持って演奏する人でも、ひじについても意識したことがないという人もいます。また管楽器奏者で唇のことばかり意識しているという人もいたりします。

その部分での動きに「自分は問題がある」と思うからこそ、そこばかり意識するようになっているのですが、その意識の持ち方が逆効果になっていることがあります。問題があるからこそ、その「問題」からいったん離れてみて、全体に戻ることが、問題解決の早道であることが、実際は多いのです。

自分という体全体を使って楽器を演奏しているときに、意識が、一部分だけに偏っていると、サポートをなくしてバランスを崩してしまい、無理やりバランスをとるために体を固めざるを得なくなってしまったりします。体を固めることが必ず悪いというわけではないけれど、身体の一部分だけを固めて、それ以外の部分と切り離されているような状態が長く続くと、苦しくなってしまう場合が多かったりします。

そういう傾向が大問題になっているときではなくて、問題と言えないほどのわずかな傾向であるときのほうが、変えることがしやすいかもしれません。

私のアレクサンダー・テクニークのレッスンではそういうことをサポートします。

ときによっては楽器をかまえる以前のところで、ただ座るという動きをやってみたり、「楽器をかまえる」というのをひとつの動きとして見直してみたりもします。

そして、その人にとって簡単に弾けるフレーズを弾いてみる、そして苦手なところを弾いてみる、それぞれ何が起こるか見てみます。その人、その時によって、どこがクリティカル(=その人にとって決定的な瞬間)かは違うので、お会いして実際に立ちあいながらライブですすめていきます。

そのうえで、人前でパフォーマンスしてみると、緊張の度合が減っているということはよくあるのです。

「ふだん」のことと、人前に立ったときなどの本番の状況のことと、両方を見てみるのが、あがり症や、緊張への対処のワークとして有意義だと思います。

→あがり症(続き) 本番のとき

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テーブルワークについて/意識のしかたの質、など

 アレクサンダー・テクニークでは、
まず、首が自由になること、首が楽になることからはじめる
首が長くなることを思って/縮めるのを抑制して、動くということを、よく言います。ただ、ときによって難しいのが、首のことを思うことで、意識が首だけに集中してしまってうまくいかないこともあることです。
自分でワークすることを重ねてきた生徒さんに、「首のことだけを毎回、毎回、考えていて、かえって首を固めてしまった」と言われることがあります。意識を向けることで、楽にする、自由にする、ことが目的なのだけれど、逆になってしまうことがある。

そういうときは、それより「じぶん全体のつながり」のことを思い、そのうえで、意識が薄くなっている部分とか、体の奥行きなどに注意を向けることのほうが、まずは、より必要かもしれません。

もしかしたら日本人は、西洋の人にくらべてディテールに意識を向けることが得意な人が多いのかもしれません。
それでなのか、わかりませんが、首に意識を向けることで首がなおさら緊張してしまうという人、よくおられます。

そんなこともあって、私のレッスンでは最近は、首のことと同じくらい、あるいはそれ以上に、「自分全体」「奥行きを思い出す」ことを言うことが多いです。

それと、私のレッスンでは、レッスン時間の一部に、テーブルの上に寝た姿勢になって休んでもらってワーク(「テーブルワーク」と呼んだりします)することが多いのですが、これをやるのは、上に書いたようなことが理由のひとつです。

「(背骨が、あるいは体全体が)ゆるんで長くなる」というのは、本当に無理のない自然なことだ、

ということを、学びの準備として、体感してもらって、それをふまえた上で、自発的に動きを選択することを学ぶ、という順番を、私はとっていることが多いです。

それでだんだん、「意識を向けること」の質自体が、もっと、努力の少ない、自然なものでいいんだ、
ということが、実感できてくるとよいと思うのです。

テーブルワーク
テーブルワーク

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テーブルワークをやると、「とても楽になりましたが、これは自分で家ではできませんよね」と言われることがありますが、
自分でもできます。

少し古いブログですが、以下を参照してみてください。
セミスパイン~家でできること

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テーブルワークは、やめていくプロセス。

レッスンやワークショップなどでいただいた、アレクサンダー・テクニークの原理やその他にかんする質問に、答えていくコーナーの続きです。

Q テーブルワークをやってもらうと、とても楽になります。また、立って腕を動かしてもらうだけでも、とても楽になります。でも、なぜなのでしょうか? 正しい位置に来てるからかな、と思うのですが、その正しい位置が、自分ではわかりません。

A 実は位置の問題ではないのです。

 簡単に言うと、緊張の度合いが減ったことによって楽になった、それだけのことです。
 では、どうやったら不必要な緊張を手放すことができるのか?

 よくあるなのが、緊張を手放すために、無理にストレッチしたりすることです。
 ストレッチが悪いわけではありませんが、ありがちなのが、緊張を手放すことでさえも、やりすぎてしまうことです。(ストレッチするときには、ゆっくり丁寧に、自分を観察しながら、無理せずやりましょう。)

 私たちは、何かを「やる」ことによって物事を解決することに、とても慣れています。
 でも、アレクサンダー・テクニークでやるのは、それとは違う、問題解決の方法です。
 気づかずにやりすぎていることを、やめることによって、解決をめざすのです。

 テーブルワークは、そのような、「やめていくプロセス」を体験するために行う、といえます。

   ******

 私たちは、ただ立っているときでさえも、緊張がゆるまないまま立っていることが少なくないです。
 自分を支えようとするときに、緊張して支える癖がついてしまっているのですね。
 床やテーブル(台)の上に寝た姿勢だと、自分を支えようとするときの癖が出にくいので、緊張からゆるんでいきやすいです。

 アレクサンダー・テクニークのレッスンでは、動きを使ってやるワークも多いですが、そんななかで寝た姿勢でワークをやるのは、そのためです。

 立って緊張をゆるめようとすると、ゆるめようとして自分を下向きに押し下げてしまうような場合がありますが、寝ていると、緊張をゆるめることで、ひろがっていくこと、長く広くなっていき、体の奥行きも出てくることが、よくわかると思います。

   *****

 テーブルワークで腕や脚を動かすときに、ふだんの動きとどこが違うかというと、まず違うのは、単純に

  ゆっくり動かす

 ということです。

 腕や脚を、持っていきたい場所に急いで持っていきたい衝動が出るかもしれないけれど、
 その衝動に「ちょっと待って」と言い (inhibition,抑制)、今いる場所からゆっくり、動きを観察しながらゆっくり動かします。

 それだけでも、いつもとちがう動きが出てくると思います。

 もうひとつは、

  全体性を意識しながら動かす

 ということです。腕を動かすなら、背中から指先までの全部の長さと奥行きを意識しながら動かすのです。

 正しい位置に置くためにやっているわけではなく、そのようなことを意識しながら動かしています。

   *****

 教師にワークしてもらうと、自分でやるときとはちがう経験ができるのは、自分の癖から離れること、「やめていく」ということが、他者の助けを借りるとやりやすい、ということがあります。

 教師自身が自分自身のなかで、やめていくプロセスを意識しながら、できるだけ「何もしない手」を使ってワークすることによって、やめていくプロセスを、生徒さんと共有しているからです。

 でも自分自身で同じような手順でワークすることにも、とても意味があります。(「ひとりで寝た姿勢でやるワークのしかた=セミスパインのワーク」の記事を見てみてください。)

   *****

 テーブルワークや、その他のハンズオンのワークで自分自身の変化を感じたら、まずは、

  自分の体の使い方には、そういう可能性があるんだな

 ということを知ってください。そこから動き出すと、いつもと違う動きが出てくるかもしれません。

 同じような体の使い方がすぐにできなくてもいいです。でも、そういう可能性があると知っておくとと、それを選びたいと思ったとき、そういう方向に行きやすくなります。それが、長い目で見て、自分の使い方の選択肢をひろげる第一歩です。

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首が楽になると、グラウンディング(足が地に着く)は自然に起こる。

レッスンやワークショップなどでいただいた、アレクサンダー・テクニークの原理やその他にかんする質問に、答えていくコーナーです。

Q アレクサンダー・テクニークでは、首が大事だと本にも書いてありますが、首を意識すると気が上にあがってしまうのではないでしょうか? 今までむしろ、地面を感じて、エネルギーを下におろすことをいつも意識しようとしてきたので、少し混乱します。

A 首を意識するときに、首を固めていませんか?
そうではなくて、首が楽になっていい、と思ってみてください。

「意識する」といっても、コントロールするのではなく、コントロールのしすぎを手放すことなのです。
とっさに身構えたとき、難しいことに取り組むときなど、とっさに首を固めてしまうことが、私たちはよくあります。
それに気づいたら、それをやめて、
首の通り道が開いていることを思ってみてください。

首には神経がたくさん通っています。その神経をとおって伝達される情報の通り道をひらくことを、思ってみてください。

ただ、首を楽に、というとき、首をぐにゃっとさせてしまう人がいますが、その必要はないです。
それは逆に、やりすぎです。
ぐにゃっとさせると、かえって押し下げて通り道をふさいでしまうし、首や肩回りにプレッシャーをかけてしまいます。
ぐにゃっとさせるのでも、伸ばすのでもなく、その中間のほどよい状態です。
それによって、背骨にそった神経の通り道全体のとおりがよくなるような感じです。
ただ緊張の度合いが少しだけ減るだけなので、見た目はほとんど変わらないし、感覚的にも、変わったという実感がないかもしれません。それくらいで、まずは充分です。

首がほどよく楽になって、通り道がひらかれると、体全体のつながりがはっきりしてきて、不思議と、足が地面に着いている感覚もはっきりしてきます。
同時に、”気”も下におりてきます。

首が楽になることと、エネルギーが下に下りること/グラウンディングは、実は対になっているのです。

・関連記事 「バランスをとることとアレクサンダー・テクニーク」

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでの、アレクサンダー・テクニークのレッスンのスケジュールはこちらをご覧ください。。東京と神奈川で個人レッスンを、それぞれ週に3日づつ行っています。もっと具体的に知りたい方、アレクサンダー・テクニークを体験してみたい方、アレクサンダー・テクニークを個人的な問題に生かしたい方は、ぜひどうぞ!

 

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「意識する」ということ

「アレクサンダー・テクニークは不思議ですね。意識しなくてよいと言われたので意識しないようにしているのに、どんどん変わっていくので。」
と、生徒さんに言われました。

ときどき、そういうことを言われることがあります。

「意識しなくてよい」とは、ほんとは私は言っていないのですが、今までのその人にとっての「意識のしかた」を、しなくてよい、ということが、その人にとってとても新しいことだったのだと思います。

もしかすると、その人にとってそれまで「意識する」というのは、「こうするべき」「こうあるべき」という正しいあり方をつねに思い描いて、そこに自分のあり方をもっていこうと努力する、ということだったのかもしれません。

でもそれは実は、「意識をする」以上のことをやっているのでは? と、思います。

意識する、というのは、ただ気づきを向ける、ただ注意を向ける、ということで、それ以上のことはやらなくてよいんです。

これがなかなか、多くの人にとって、慣れないことで、
「つい、何かやりたくなってしまうんですよね」「むずかしいですね」と、よく言われます。

やらないことは、やりすぎることより、難しいのかもしれません。ふしぎですね。
でもそれは、ただ慣れていないからで、
慣れれば、そのほうがきっと楽だと思います。

自分を観察するときは、ただ、観察するだけでいい。よい悪いを判断したり、よい方向に持っていこうとしなくてよい。
方向性を思うときは、ただ、「そういう方向性があるのだ」と、思うだけでよい。そっちの方向に持っていこうとしなくてよい。(たとえば植物だったら、待っていれば芽を出して、自然に上に伸びていきます。むりやりひっぱって伸ばす必要はないですよね。)
それが、ただ意識する、ということです。

まあ、人間とは、つい、やりすぎてしまう動物。
その習慣を、少し変えていけたらいいんじゃないかな、と思います。

上に書いた生徒さん、「意識してないのに変わったんです」、と言われていたけれど、実際には意識していないつもりでも、意識はできていたんだと思います。
レッスン中でも、それ以外でも、「へぇ、そうなんだな!」と、体験的に納得したことは、意識に入りますしね。
そのあとも、必要なときに思い出していたんじゃないかな、と思います。

追記:これを書いた後、「ブログ読みました。意識しちゃいけないんですね」と、言われたりしました。
いやいや、そうではなくて、意識をもつのは大事なことです。なにも意識しないで、「おまかせ」がいい、という意味ではないので。。
自分が意識するということを、「どんなふうにしているか」、自分の意識のしかたの傾向・癖を、見てみることをやってみたらどうでしょう? ということを言いたかったのでした。

いや、コメントくれた方は、その意図はわかってくださっていると思いますが、ほかに読んでくださっている方のためにもクリアにしておいたほうがいいかな、と、念のため、書いてみました。

アレクサンダー・テクニークlittlesounds では、レッスンを随時受け付けています。

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レッスンは回を重ねると、どのように進んでいくのでしょうか?

アレクサンダー・テクニークのレッスンには、教師によっても、シチュエーションによっても、いろいろな進め方がありますが、littlesoundsでのレッスンでは、「同じことを繰り返す」ことと「新しいことをやってみる」ことの両方をレッスンの中でやります。

教えていて、また自分で学んでいて思うのは、「同じことを繰り返す」部分はとても大事だし、また、とても奥が深く、おもしろいということです。
楽器の練習やスポーツでの基礎練習と同じともいえますが、何回か、実際にやってみると、言葉で聞いたときに思うかもしれない、単調だったりストイックだったりという印象は、なくなっていきます。

繰り返してやることの例をあげてみますね。

・頭~首~胴体の関係性について
・立ったり座ったりする動き(チェアワーク)
・ライダウン(寝た姿勢)のワーク
・歩く
・ウィスパード・アー、呼吸、声を出す
・腕のワーク
・モンキー、ランジ(胴体~股関節~足)
・椅子の背に手をおく
・etc.そのほか

こうやってリストアップしたのを見ただけでは、これがどういうふうに、日常や専門分野に生かせるのか、すぐには想像ができないかもしれませんが、やってみると、日常にも専門分野にも、とてもつながります。

このなかの全部でなくても、いくつかのことをやっていきます。これ以外のことをやることもあります。これらは、やり方は基本的に毎回ほぼ同じなのですが、そのときのその人の体の状態や、そのときその人の意識の向け方によって、同じことをやっているとは思えないくらい、違う結果があらわれてきます。
このようなことを、普段の癖や習慣的な反応と、新しい可能性と、行ったり来たりしながら繰り返して、レッスンは進んでいきます。あなたの体の反応も変化するし、新しい可能性もさらに増えてきます。

初回のレッスンや、最初の数回のレッスンのうちは、大まかな違いを発見し、認識するだけで精一杯だと思うし、それで十分です。大まかであっても、「自分のからだはこうなっている」また「自分とはこうだ」という認識は、思い込みにすぎなかったということ、そして、それにおさまらない自分のなかの新しい可能性を発見して、驚く人が多いです。

それだけでも学びになると思います。ただ、それで、「アレクサンダー・テクニークはこういうことか」と、結論づけてしまうのは、少々勿体無いように思うこともあります。もちろんそれは、その人それぞれの自由なのですが。でも、これからもっとおもしろくなるんだけどな、と、思うこともあります。

その後で日常生活に戻って、またレッスンに来ての繰り返しのなかで、今までの癖と、新しい「自分の使い方」との折り合いがだんだんついていくにつれ、より深い部分や、細かなところに気づきが起こり、より深い変化が起こるようになってきます。

「同じこと」をやっても、その中身が、やるたびに、深まっていきます。

レッスンの合間に、その人の「日常」を生きる時間があるというところが肝です。

自分自身について根本的に学ぶためには、急いでいろんなことをやろうとするよりも、「同じこと」を繰り返して、その人なりの日常生活に少しづつ落とし込んでいくことが、大変、意味があります。

人によってはもちろん、時間をかけなくても、すでに機が満ちていて、短時間で多くのことを得る方もいます。それも、人それぞれです。

人によっては、たとえば楽器を演奏される方は、楽器を構えること、ロングトーンで音を出すことなどを、上のリストに加えてもいいです。ただ、その人にとって意味が大きくなりすぎていないシンプルなことから入るほうが、やりやすい場合も多いです。

——

「新しいことをやってみる」のは、応用編といえるでしょうか?

・特定の動きをやって、それをみてみる
・からだの特定の部分やその動きを少し詳しく見てみる
・日常動作、仕事の動作、専門的な動作、趣味の動作に応用してみる
・歌を歌う、しゃべる
・特定のシチュエーションを設定して、そのときの自分の反応をみてみる
・そのほか、いろいろ

レッスンを受け始めて、人によっては、レッスン時間の中で上のようなことを直接やらなくても、すでに、日々の暮らしや専門分野で、いろいろなことが変わり始めているのを実感している方も少なくないと思います。たとえば声のことを直接、レッスンの中で何もやっていなくても、「声が出やすくなった」と言われたりすることはよくあります。それでも、レッスンの中でやってみることで、アレクサンダー・テクニークを、日常や、専門分野にどう応用したらいいかが、より、わかりやすくなると思います。レッスンの時間のなかでもなるべくこのような時間はとっていきたいし、あるいは、家でどのように応用できるか、考え方のヒントや、陥りやすい注意点もあわせて、お話ししていきたいと思います。

かりに教師がその分野にあまり詳しくなさそうでも、ご自分の状況を説明して質問してみてください。教師はわからないことは、わからないと言いますが、教師がわからないことであっても、アレクサンダー・テクニークの原理と考え方を使って、一緒に検証し、実験してみることで、自分の癖がわかり、別の可能性がひらけてくることはとても多いです。

アレクサンダー・テクニークの原理と考え方を使って、あなたの専門分野を違う見方で見直してみる機会として使ってください。

—–

アレクサンダー・テクニークのレッスンには、一般的な教室と違って、決まったカリキュラムはありません。
(学校によってはあるところもあるようですが、あってもガイドラインとして、あまりそれにしばられないで進めていると思います)。
その人のプロセスをみながら、その人に合わせて進めていきます(←特に個人レッスンでは)。

アレクサンダー・テクニークは知識として覚えて身につける学習とは違う種類の学習だからです。
あなた自身が自分を知っていくプロセスのなかで、体験的に、確かめながら、自分のものにしていくプロセスです。
ひとつのことを、その人に必要なだけ時間をかけて、その人の身になるように進めていきます。
落ちこぼれることもないし、優劣を競うこともありません。
教室のなかでたくさんのことをこなしていなくても、自分に必要なだけの時間をかけて確実に身につけたものがあれば、それはあなたものです。それを使って、日常であれ、専門分野であれ、思いがけないシチュエーションでさえも、人生のあらゆることに応用していってください。

アレクサンダー・テクニークのlittlesoundsサイトはこちらです。

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アレクサンダー・テクニークの学び方

アレクサンダー・テクニークのレッスンに来られた後、なるべく早くマスターしたいと、”やろう”としすぎてしまう人がいます。

でも、身につけるためには、急がないのが近道です。

アレクサンダー・テクニークは、「やり方」を学ぶのではなく、「やりすぎをやめること」を学ぶことなのです。自分が何をやりすぎているかに気づき、それをやめていくことを学習するのがアレクサンダー・テクニークです。

アレクサンダー・テクニークのレッスンのなかで方向性について学んだり、あるいはボディ・マッピング的な知識を得ることがありますが、それは自分の動きや自分の癖や、自分自身について認識するための手助けになってくれると思います。
でもそれは、絶対の「正解」ではないし、「正しくできるように見につけるべきこと」ではないのです。あくまで「地図」であって、現実の体はひとりひとり違うし、現実は一刻一刻、常に変わりつづけています。

自分が古すぎる地図を持っていて、それに頼っていたことに気づいたら、新しい地図を手に入れると、旅をするのに役に立つでしょう。だからといって、「地図」を無理に現実にあてはめようとする必要はありません。地図を参考にして、地図にも載っていない自分自身に驚きながら、旅を続ければいいのです。

レッスンでの体験がここちよい体験だったとしても、それを「再現しよう」としないでください。「再現しよう」とするとかえって固くなってしまうことがあります。

また、「正しく」やろうとしないでください。「正しく」やろうとすることによっても、固くなってしまうことがあります。レッスンでの体験が唯一の「正解」ではなく、そのときの正解は、そのときによって違うし、それは、やってみないとわかりません。

レッスンで「方向性」について学びますが、「方向性」は、「形」や「位置」とは違って、限定がないものです。「方向性」を思うことで、自分が自分を縮めていたり、制限していたことに気づくかもしれません。気づいたら、やめることができます。そして「方向性」は一方向ではなく、実はあらゆる方向性が働いています。

「やめる」ことができるのは、ほんの少しづつです。
一度に全部のことを手放せたらいいと思うかもしれませんが、それができたとしても、多くの人はパニックになってしまうかもしれません。そして、揺り戻しが起こりやすいかもしれません。
アレクサンダー・テクニークでも時には大きな変化が起こることもありますが、基本的には、少しづつ、自分が対処できるだけづつ、変化していく方法だと思います。

とはいえ、少しの変化がとても大きく感じられることもあります。
長年積み重ねてきた自分のやり方と違うことをやるということは、小さなことでも大きなことです。
でも、自分と自分の体を信頼してあげてください。そして、「やろう」としすぎて固めているのに気づいたら、それは手放す。
自分が無理していなければ、通常は、無理なことは起こらないと思います。

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