アレクサンダー・テクニークを使った音楽大学での授業

今は夏休み中ですが、国立音楽大学で「音楽家のための心身論」という授業をやるようになって8年目になりました。先輩から評判を聞いて受講を決めたという学生も多く、少人数制なので抽選制なのですが、興味を持って学ぶ学生が増えて嬉しいです。

以下は、3年目の2018年に書いた文章です。今も、同じ枠組みで続けています。その年にどんな学生たちが受講するかによって少しづつ内容が変わります。

国立音楽大学で「音楽家のための心身論」という授業をやるようになって3年目になりました。

前期と後期、週1回、それぞれ計14回の授業をやっています。
「心身論」と言っても言葉で理論をしゃべるのが中心ではなく、少人数で参加型、実践中心に行っています。実践をとおして、心身に関する考え方を身につけてもらえたらと思っています。

定員20名で、学部全体の各専攻からの3、4年生の希望者から抽選された学生が対象。ピアノ、声楽、弦楽器(ヴァイオリンなど)、打楽器(ドラム、ティンパニなど)、管楽器(トランペット、フルート、トロンボーンなど)などを演奏される方々です。

椅子を円座に並べて、一方的に講師のほうを向くのではなく、
お互いの顔が見える形でまず座ってもらって授業ははじまります。
そして、講師の私が問題提起したり、簡単な動きをやってもらったりして、まずは自分の体に対して意識を持ってもらう、というところからはじめました。

illustrated by Pantaya

「心身」のことを考えるときに、まず自分の体への意識を持ってもらうことが必要だと思うので。

それから、それが自分の演奏にどうかかわってくるのかを、実際に授業のなかで演奏してもらったりしながら考察します。
さらに、本番の演奏会やコンクールなどのことを振り返って考えてもらったり、ふだんの練習の仕方を振り返ってもらったりします。

授業と授業のあいだの一週間、ふだんの練習や本番や、日常生活のなかで、授業でやったことを思い出してみてください、と伝え、次からは、授業の最初に一人ひとり、気づいたことを聞いてみるようにしました。そのときのみなさんの発言をもとに、その日の授業の内容を変えていったりしました。

でもそれだけではなく、学生が一人ひとりグループのなかで、自分が体や心と演奏の関係について気づいたことを話して、それを聞き合うということ自体が、学生のみなさんにとって意味があったようでした。
あらためてそういう時間を持つことで、ほかの人も同じ悩みを持つことがわかったり、違う楽器を演奏する人でも似たような悩みを持っていると知るのは、意味があることだと思います。専攻が違うと、個人的なことを話し合う機会が意外と少ないということもあると思います。

「悩み」というのは、早く解決すべきものというふうにとらえられがちで、それはそのとおりなのですが、だからといって「悩み」はネガティブなだけのものでもないと私は思うのです。

実践して、実践をとおしての気づきがあるからこそ「悩み」が生まれるわけで、「悩み」を自覚できるからこそ上達し、成長する可能性が見えてくるのです。この授業が、そういう意味で「悩み」に時間を取って向き合う時間になればと私は思っています。

音楽大学には、よりよい演奏ができるようになるために、各楽器の専門家の先生による個人レッスンや合奏のレッスンをはじめとして、多くの専門的なレッスンやクラスがありますが、演奏以前の心身のことを扱うクラスは、今までになかったようで、学生にとって新鮮なようです。

あとから聞いたのですが、一年生の頃からこの授業の評判を聞いて受けてみたいと思っていたという学生が、「最初は正直とまどった。何をしているのか分からなかったし、自分がやっていることは合っているのかという迷いもあった」と言っていました。ほかにも、最初、授業に対して戸惑いがあった学生がいたようです。

その学生は授業が進むうちに、「自分の体は自分のものであるということに気づいた」「自分の体なのに、こんなにも自分の体のことを分かっていなかったということに驚いた」「今まで当たり前だと思っていたことを再認識することができ、何をするべきかというのが明確になった」と思うようになったといいます。

私の授業では、姿勢に関しても、歌うときや、演奏するとき、体のどこを使えばいいのかということについても、一つの答えを提示することはありません。
情報提供として、体がどのようなデザインになっているかという話を、図解や、骨格模型を見せたりしながらすることはあります。私が体に手で触れることによって気づきを増やすサポートをする時間もあります。また、演奏をしてもらって、「このことを意識に含めてみたらどうでしょう?」と、提案することもあります。でも、それらはすべて、あくまで提案であって、最終的にどうしたらいいのか、ということについて、私が答えを言うことはありません。

大事なのは学生一人一人が自分で気づくようになることだと思っています。一人ひとりの癖や傾向は、一人ひとり違いますし、その人の状況も、やろうとしていることも、一人ひとり違います。今日のその人と、一週間後、一か月後、一年後のその人も違います。
学生さんが今後、演奏活動を続けて行ったり、社会に出て行ったりして、いろいろな刺激に向き合っていくときに、自分で気づいて、改善策を見つけていけるための基礎に、この授業が役立っていればいいなと思います。

それは学生さんだけでなく、ふだんのアレクサンダー・テクニークのレッスンでも同じように考えています。なので、「こういう場合は、こうしたらいい」ということは、なるべく言いたくないのです。(実践しやすくするために、それに近いことを言う場合もありますが、あくまで実践のための材料で、ヒントだと思ってもらえたらと思

illustrated by Pantaya

います。)

この大学での授業は毎週、14週続きであるので、学生にとって毎週、気づきをもって実践してみる機会になって、そうすると学生さんたちの変化や成長が、私からも見ても目覚ましく、本人たちもまたそれを実感しているようです。

変化や成長の中身は人それぞれ、腰痛や肩こりが起こりにくくなったという身体面での変化を感じた人もいれば、出したい音を出すときの体の使い方がわかってきた人、本番で緊張に対処できるようになった人、それぞれです。ほかの受講者のことも「最初に比べて自分を出すことができているようになって、雰囲気が明るくなったなあと感じる」という意見も出て、そうやってお互いに学び合う場になっていることが、何よりよかったです。

以上、アレクサンダー・テクニークをもとにした音大での「音楽家のための心身論」の授業についてでした。(2018.8.10記)

以下は、2022年度の授業が終わったときのレポートです。マリンバ専攻の学生の感想つきです。

註:本文のイラストは、大学の授業のテキストにもなった、著書『演奏者のためのはじめてのアレクサンダー・テクニーク』のために、Pantayaさんが描いてくださったイラストを転載させていただきました。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で週3日づつ個人レッスンを行っています。オンラインのレッスンや少人数クラスも行っています。

音大生、音大受験生、プロやアマチュアの音楽家(クラシック、ジャズ、ポピュラー、民族音楽etc)、また、緊張やストレスとうまくつきあいたい方、首・肩凝り、頭痛、手の痛みを軽減・予防したい方などが学ばれています。

大学や専門学校等での講義や出張グループレッスン(単発・連続)なども承ります。

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