「力を抜かなければいけない」わけではない。

「力を抜く」ことができることは大事なことだ、と、最近よく言われるようになりました。
たしかにそれはそうなのですが、「力を抜く」ことがどうしても苦手な人はいます。
そういう方に話を聞いてみると、「力を抜かないといけないんだけれど、つい、力が入ってしまって」と、なんだか申し訳なさそうに言われたりします。
まじめな人であればあるほど、そういうふうに考えられるケースがあるようです。
それでは「力を抜くこと」が、もうひとつの「やるべきこと」になってしまっていて、もうひとつのプレッシャーの原因になってしまいます。
「力を抜こう」「力を抜こう」「いや、まだ力が入っている」「まだ力が入っている」と、
まじめで、頑張る傾向のある人だと、力を抜くことでさえも、「もっと」「もっと」と頑張るための努力目標になってしまうことがあります。

そこで私は、
「力を抜かないといけない」と思うことも、やめてみましょう。
と、提案したいです。

「力を抜く」ことができることは大事なことだけど、「力を入れる」ことができることも、大事なことです。
「固める」ことも、大事なことです。

たとえば、
「怖いと思って、固めていることに気づきました」
それは、何も悪いことではありません。
固めることによって、自分を守ろうとしているのです。
怖い状況なのに、それにふさわしい反応ができなければ、そのほうが問題です。

ただ、それに「気づく」ことができたのが、よいことだと思います。
自覚していることは、役に立ちます。
自覚していれば、状況が変化して、怖い状況が去ったら、固める反応をやめることも、やりやすくなります。

そうやって、人間は、常に変化しているし、変化することができる存在です。

「力を入れる」というのも、必要なことだし、大事なことです。
力を入れることに問題があるとすれば、
・力が必要な状況が終わったのに、力をいれっぱなしになっているとき
・力が、実は使いたい対象に届いていなくて、途中でエネルギーが漏れたり、つまったりして、無駄になってしまっていて、有効に使えていないとき (アクセルとブレーキを同時に踏んでしまっているようなとき)
というようなときです。

そういうときにどうすればよいかについて、アレクサンダー・テクニークで実際的に観ていくことができます。
方向性/direction」という考え方が、そこで大事になってきます。

でもまずは、
・「力を抜かなければならない」と思うことをやめること。
・固めることも、大事な選択肢の一つ。
・人間は常に変化しているし、変化することができる存在だということ。
ということを知ることが、第一歩です。

「力を抜かなきゃ」というのを抜きにして、
自分はどんなふうに、力を使っているのかな、と、子どものような好奇心で、観察してみるところから、はじめてみたらいいんじゃないかな、と思います。

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