まわりの環境のなかで、自分が今ここにいるー水平と垂直ー「歩く」こと、「話す」こと

【歩く】
「歩く」ときには、前に進みます。
足を前へと送り出そうとします。
でもそれだけではなく、
それと同時に、足は一歩一歩、地面に着地している、ということがあります。
一歩一歩、足が地面に着地すると、地面から受けた刺激が、からだのなかの神経を伝わって、脊髄をとおって、頭まで届いています。
一歩一歩、歩くたびに、垂直方向に刺激が伝わっているのです。

歩くとき、前に送り出すほうの足を意識すると、
「歩くとは一歩一歩脚を上げること」
と思うかもしれません。
でも、着地しているほうの足を意識すると、
「歩くとは、一歩一歩、着地すること」になります。
片足が着地したとき、宙に浮いたもう一方の足は、自然と前に行っています。

着地しているほうの足は、
足だけで着地しているわけではありません。
頭と胴体が、足の上に居るからこそ着地できています。
そのとき重力とからだは絶妙にうまくやっています。
重力があなた全体を支えてくれているので、
足の筋肉の力で踏ん張らなくても、着地できています。

それがいわば、立っているとき、歩くときの垂直性。

垂直性があるのと同時に、
目をあけていると、目をとおして視覚情報が入ってきます。
そのほか、音やにおいや、空気に触れる感覚や、いろいろな情報が
世界から入ってきます。

世界から入ってきている情報を、自分のからだの縦の流れ全体が、受け取っています。

そんな、体と世界の、水平と垂直。

そしてもちろんそれだけでなく、斜めとか、カーブとか、もっといろんな方向性があるでしょうが、まずは水平と垂直、縦と横があることを思うだけでも、自分の体が立体として存在していることを思い出す助けになるかもしれません。

【話す】
目の前にいる人に向かって話をするとき、

前の人に向かって、前のめりになっていたりします。
そうするとなんだか、話しづらいこともあります。

そんなときに、自分のなかの縦のつながりを思い出してみるとどうでしょう。

声は口から出ていきます。
でも、口から出ていくその前に、
肺のなかにある空気が上へと押し上げられて、首の前を、喉を通って口腔の上のほうまで届く…という縦の流れがあります。

空気が体の中を上へとあがってくるのと同時に、
思いや感情も、頭の中だけにあるのではなく内臓からも上がってきているのかもしれません。
足からもあがってきているかもしれません。
「思い」の流れも体のなかをかけめぐっていて、
下から上へと来ている思いがあります。

「思い」があるはずなのに、うまく出てこないとき、何か空回りしてしまうようなとき、自分の足の存在を思い出すと、出てくるかもしれません。

自分のなかの縦のつながりを思いつつ、前にいる人と話をしてみると、どんなふうでしょう?

立体感をもった話が、相手まで届くと、どんな感じになるでしょう?

2021.1.28

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