アレクサンダー・テクニークは、体を通して「生きている」ということを自分の手に取り戻すワークのひとつ

私が長年、お世話になっているトミー・トンプソンというボストン在住の先生がいるのですが、一昨年から、ボストンの夜=日本の朝に、オンラインで月に一回ほどグループレッスンの形でトミーから学んでいます。
コロナ禍になってから、なかなか会いに行けないという不便はあるけれど、地球の反対にいる人とも、ネットを通じてリアルタイムで姿を見て、声を聞きあって、やりとりができるのは、貴重なことだなと感じます。
今79歳のトミーは、手を使ったハンズオンのレッスンもすばらしいのですが、オンラインのレッスンでも多くのことを教えてくれます。トミーはほかのアレクサンダーの先生方にくらべて、話が長くなりがちなのですが、その話は長老の話のように、示唆に富んでいて染み入ります。

先日のクラスは、こんな内容でした。

・抑制の実践を首にだけでなく、人生に応用する

・「首を自由に」というとき、なにから自由になるのだろう?
→ 「自分はこうだ」と、いつも自分に語りかけているストーリーから自由になるのだ

・「生き物としての自分」を、どれだけ信頼できているかが、「自由」に影響する

・恐れを基盤に人生を生きているときには、自分のなかにひきこもってしまい、全体性から自分を切り離してしまう。(ロシアの独裁者もそういう状況なんだろう)。
→全体性を思い出すことが鍵になる。

後半は、アレクサンダー・テクニークとポリヴェーガル理論についてでした。

アレクサンダーさんは、首に触れてワークする方法を編み出したけれど、
首は、まさに迷走神経に作用するところ。
それを、アレクサンダーさんは理論的には知らなかった。(アレクサンダーさんは100年前、19世紀の人物なので、当事はそこまで科学的にわかっていなかった)。
でも、アレクサンダーさんが編み出した方法は、まさに迷走神経を整えることにほかならなかった。

と、ここ数年、ステファン・W・ポージェス博士の本や、「ソマティック・エクスペリエンス」という方法論などをきっかけに注目されてきている「ポリヴェーガル理論(迷走神経を整えることについての理論)」に絡めて話してくれました。

アレクサンダーさんはそれを説明する言葉を持たなかったので、アレクサンダー・テクニークは、長年そのようにとらえられてこなかったけれど、実はまさに迷走神経を整えることの実践的な方法だと。だからこそ、トラウマや、依存症や、長年「自分はこうだからしょうがない」と本人が思い込んでいたアイデンティティを変えることなどに、実際に役に立つ。

たしかに、私自身の経験から言っても、
アレクサンダー・テクニークのワークは、体だけが整うだけでなく、
精神が落ち着いて、まわりのもの ー 自然界のものとも、他者とも、よい関係を持ちやすくしてくれるものであり、
「自分はこうだ」という思い込みのなかに縮こまっていたり、あきらめていたりしたところから外に出て、新しい景色を見せてくれるものでした。

今、レッスンをして教えているなかでも、
最初は、体の痛みや不調がきっかけだったり、演奏に活かしたいということがきっかけで来られた生徒さんたちがだんだんレッスンを続けるうちに、アレクサンダー・テクニークは単純に体の使い方のことでないことに応用できることに気づいてこられます。そして、自分が今いる人生の岐路にどう対処していけるのか、ということなどについて一緒に考え、それにまつわる体の反応を見ていく…
そんなレッスン時間になることが増えています。

私が最初のころに習った先生方は、そういうことについて、あまり理論的には説明してくれませんでした。
「そういうことは起こるんです。不思議ですね」と言うだけで。

「ものごとには、説明できる以上のことがある」ということを実感する日々は、それはそれで、味わいがあって、よかったし、私自身、理屈で物事を理解するタイプではないので、私自身にとってはそれでよかったのですが、人に説明するときに、なかなかうまく説明できないのは少々不便ではありました。

今は、そのときより、説明がしやすい時代になってきているのかもしれません。

アレクサンダー・テクニークは、体を通して、「生きている」ということを自分の手に取り戻すワークのひとつと言えると、私は思っています。

2022.3.30

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