今日から音楽大学での新しい期がはじまりました。
受講者が入れ替わって、新メンバーで、今日から毎週のクラスです。
去年は数名だった声楽科の学生さんが、今年は一番多く、次がピアノ。残りがフルート、トランペット、ドラムスなどの学生さん。ありがたいことに定員以上のお申込みがあって抽選になったようです。去年に参加した学生さんが「来年も参加します!」と言ってくれていたけれど、抽選から外れちゃったかな。
新しい学生さんたちは、アレクサンダー・テクニークについて聞いたことがないという方がほとんどでした。受講動機を聞いてみたら、「本番であがってしまうのをどうにかしたい」というようなことを言っていた人が、やはり多かったです。「心を強くしたい」と言っていた人も。
というわけで、先日書いた「あがり症」の話の続きです。
先日の記事では、「あがり症」「人前での緊張」に対処するためには、ふだんのことを見直してみることが有効だということについて書きました。実際私は、ふだんのことを見直すことによってあがり症が軽減する例をとても多く観てきています。でも同時に、人前で立ったときの本番で起こることをとらえ直すことも、やはり役に立ちます。
・緊張している自分を冷静に見てみる。自分が緊張しているということに反応するのをやめてみる。
本番で緊張するというのは、実はあたり前のことです。
「部屋で鼻歌を歌っているのと同じように、ステージでも歌えたらいいのに」と思ったことがある人はいると思いますが(私はそう思ったことがあります)、
実際は、お客さんたちがわざわざ時間を取って、場合によってはお金を払って、聴きに来てくれている特別な時間であり、場所なので、やはりそれは、緊張するに値するシチュエーションなんですよね。その大切さをしっかり認識してるから、その時間を大切に思っているからこそ緊張するんだと思うのです。なので、「家でと同じように」「ふだんどおりに」というのはできないのがあたり前だと思います。「ふだんどおりに演奏しなくちゃ」と、無理に思わない方が自然だともいえます。
そう考えたら、緊張する自分を否定しなくていいんだな、と思いませんか?
ああ、緊張しているなあ、と思いながらも、それを変えようとするのはやめて、
緊張している自分だけど、今、私はこの歌を歌いたい(または演奏したい、パフォーマンスしたい、話をしたいetc)と決めた。
聴いてくれてる人たちもいる。
緊張しているままで、心をこめて歌おう。
と。
その歌(演奏、パフォーマンス、お話)が伝えようとしているものは何だっけ、というのをもう一度思い出して。思い描いてみて。
「ふるえ」が起こっているかもしれない。
でもふるえているのは、固まっている自分をほぐそうとしているのかもしれない。
じゃあ、ふるえているのにまかせてみよう。
ただ、足の下に床があることだけ思い出してみよう。
ふるえていても、足下にはちゃんと自分を支えてくれている地球がある。
そんなふうにして歌って(演奏して、パフォーマンスをして、話をして)みると、
実は、家で歌うときと同じようにはできないけれど、
家で歌うとき以上の演奏ができることだってありえるのです。
「いつでもふだんどおりに」という以上の可能性が、そこにはあるのです。
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「あがり症」「緊張する」ということを、もう一度体の面から観てみます。
体の面から言って、大事な本番に臨むことによってアドレナリンという神経伝達物質が出るので、その影響で、意識が繊細になって、ふだん気づかないようなことに気づくということが起こることがあります。たとえば、本番になると、会場にいる誰かの話し声がやたらと気になったり、楽器がふだんと違うことがどうしても気になったり、会場の音の反響のしかたが気になったりしてしまい、また、自分自身の体のどこかに関する違和感が気になったりして、集中できなくなってしまったりします。
自分のなかで、あるいはまわりで起こっていることが、これからやることの邪魔をしているような気になってしまうのです。
でも実際には、そういう自分のなかの、あるいは環境にある細かないつもとの違い、それ自体は、それほどパフォーマンスに悪影響を与えているとは限らないかもしれません。
(アレクサンダー・テクニークで、「自分に対する邪魔をやめる」というような言い方をよくしますが、「自分に対する邪魔」について、ネガティブに考えすぎる必要もありません。)
むしろ影響があるのは、そういう、ふだんと違う刺激に対して、自分を固めるような反応をしてしまうときなのです。いろいろなことに気づいていても、それをシャットアウトしようとしたり、止めようとしたり、固めたりしようとしなければ、悪影響はないことのほうが多いのです。
自分について「手が汗ばんでる」「ふるえてる」「顔が赤くなってる」などが気になるかもしれません。
それを止めようとするのは逆効果かもしれません。
止めようとするのはやめて、むしろ、からだ全体、自分全体に意識をむけてみましょう。そして足元には地面があります。そこに戻ってみるとよいと思います。
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こんな話をすると、
「自分でもいろいろ考えたり研究したりして、頭ではわかっているのですが、やっぱり、つい、よけいなことだとわかっていても、考えてしまう」
と、さらに言われる方も多いです。
そうであれば、やはり体からのアプローチが有効。
体からのアプローチによって、体のしなやかさを取り戻し、自分の中心を思い出す。
「どうしても緊張してしまいやすい」という人は、ふだんでも、気づかずに体をずっと固めたままでいる人が少なくないです。
それにまず気づきを向け、ふだんからの緊張しすぎをほどいていくためには、言葉で一生懸命理解しようとするだけではなく、レッスンがお勧めです。このブログもそうですが、不特定多数の人に対して書かれている言葉は、ひとりひとり違う「その人」に起こっていることの実情とは、ずれることがあります。アレクサンダー・テクニークのレッスンでは、言葉だけではなく体験しながら、その人自身が気づいて、自分にとってよいことを判断し、対処できるようになっていくお手伝いをします。
「つい反応してしまう」ということをしなくなるためには、自分の中心に意識をもっていって、
”起こることに対処したり反応したりするときは、自分の中心から”
と、意識してみるのがおすすめです。
でも、どうやって? と思う方は、よかったらレッスンにいらしてくださいね。